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案の定だいちさん
10時~11時頃に2回ほど夜鳴きして、怖い夢を見たらしく
4時ごろ「ウンチっ」と
言ってこんな時間に??????
寝ぼけなまこの出来事に
何で敷き布団&枕にウンチが
付いているのか
理解不能。。。。。。。。
やらかしダイチでした。
国営昭和記念公園(盆栽園)は、東京都立川市・昭島市に跨ってある日本最大の国立公園でその中の日本庭園内の一角に盆栽園があります。
盆栽園は、全国で唯一の国営盆栽園で、全国の盆栽愛好家から寄贈された名木を中心に展示されています。
盆栽は、日本の伝統であり、日本人の美意識の高さが感じられ、四季を通じて楽しめます。
また、生き物の為、1度完成をしても成長するので人の手が加えられないと姿を維持できません。
その中で100年を越える樹齢の盆栽たちは、100年以上の間、愛好家達の思いを具現化してきたまさに生きる伝統・文化。歴史・を感じる遺産であり、何年もの風雪に耐えた幹肌をもつ名木を見ながら物思いに耽りました。(雑木が葉を付けたらまた行くぞ~。)
大森家は明治18年に建てられた武家風様式の建物です。村内一の地主であり、明治32年頃この屋敷で大森銀行八代支店を開設、昭和10年8月19日に現在の山梨中央銀行の前身である第十銀行八代支店となり、昭和12年までここで銀行業務が行なわれていました。
銀行関係の資料や土間・かまど
2回展示場は婚礼衣装・養蚕用具・千歯抜き・農機具など
昭和52年に郷土館として会館。
民族資料収集委員が昭和40年から30年間にわたり収集した約3000点の資料を
無料で見ることが出来ます。
本当に資料の多さに圧巻しますし、歴史を肌で感じることができますよ!!
しかも、私が昭和52年8月19日産まれなのでとっても身近に感じました♪♪
隣の江戸中期民家も是非見てね★
地元の子供達と壁を塗った様子が新聞に掲載されたようです。
先週土曜日にダイチ&そらの作品展を見に行ってきました。
そらから・・・
左が6月・右が1月
皆劇的に上手になってるぅ~↑↑
自分の作品を持って撮りました。
ソラから右がかいと君・左がさちちゃん。
こんな様子でやっているんだね~♪♪
ご機嫌で遊んでましたっ!!
続いてだいち。
皆、ドラえもん・ウサギ・ピカチュウと姿のハッキリしているものなのですが
だいちは『かいぞく』
面白すぎ↑↑
「サルかに合戦」の絵らしいが・・・・
だいちのはどう見ても、てんとう虫&バナナでしょ。。。
そしてだるまの絵だが、ダイナミックに四角いだるま・・・
そして傑作魚が・・・どう見てもあけび?!?!作品
どれもこれもだいちらしい個性的・想像力豊か?!な作品でついつい
突っ込みを入れてしまいました!!
当然小林先生はその度に突っ込んでくれているそうです。
先生も「だいちゃんらしいです★」と
言っていました。
籠神社は、京都府宮津市にあり、元伊勢、丹後国一宮で、彦火明命(ひこほあかりのみこと)を主祭神として祀っています。
元伊勢とは、天照大神・豊受大神が伊勢に鎮座するまでに通った道で、天照大神は4年間、吉佐宮(籠神社奥宮)に鎮座し11代垂仁天皇の時代に伊勢に移り、豊受大神も21代雄略天皇の時代に伊勢にお移りになりました。その後、彦火明命を祀り社名も吉佐宮から籠神社に替わりました。
境内は、鳥居をくぐると神門があり左右に石造の狛犬(重文)拝殿、本殿の順であり、本殿は伊勢神宮と同じ神明造で神社の格式の高さが窺えました。
また、彦火明命が天津神から賜った「息津鏡」「辺津鏡」(日本最古の伝世鏡)や海部氏系図(日本最古の系図(国宝))も所蔵されています。
社の横には、日本三景、天橋立を眺める傘松公園に行くケーブルカー駅があり沢山の人で賑わっていました。
今日はお客さまの”佐野農園”へ
イチゴ狩りに行ってきました♪♪
ハウスの中は暑いくらいの32度↑↑
ベビーカーも車椅子も楽々で高さもあるから
だいち&ソラも目線で
沢山get!!!!!!
真っ赤なイチゴは絶品でした。
どうやら
野ウサギが居るみたい。。。
常連さんがチョコレートフォンデュ持参で
バレンタインも満喫★★★
本当に帰り際に”友チョコ”頂いちゃいました♪
そのままお腹も一杯なのでポカポカ陽気だし
フルーツ公園に行きました。
超~ご機嫌に滑り台を1時間ほどしていたら・・・・
とっとっトゲが-------------------------
無事
結構硬いトゲだったから、痛かっただろうに・・・・・・
でも我慢して色々な経験をして1つ大人になった一日だったな~~~~~♪
最近パパと古民家めぐり・お城などに行って発見したのが
ママは水車・欄間・襖絵などのものに目を奪われていることを発見!!!!!!
ここは乾徳山入り口の乾徳公園の水車・・・
コッチは西藤木の水車・・・
木・絵が大好きなんだと再度改めて思い出しました。
なかなか子育てで自分の趣味はなんだっけ????
と思っていたが、作ったりも好きだし芸術に触れるのも心が落ち着きます。
七賢の中にあった
欄間にうっとり。両面彫りになっていました。
そして高野山にある金剛峯寺の欄間・・・
パパが行った快楽園・好文亭
欄間は写真でこんなけ嫌いなので肉眼で見たかった。
そして根津記念館にあった、金屏風も素晴らしかった!!!
目が奪われていました。
これからも綺麗な芸術に興味津々。
最近思うのが、パパは城でママは中の欄間や襖絵に関心があるので
前世にきっと関わっていたのかな~??と思う日々でした。
浜崎あゆみさんの”Rule”のPvのバックの
襖絵がめちゃくちゃ綺麗ですよ~♪♪
仙台城(青葉城)は、陸奥国(現宮城県仙台市)に、1600年伊達政宗が家康より仙台58万石を拝領し青葉山に築城をし領内北部の岩出山から領内統治しやすい仙台に居城を移しました。
仙台城は天守閣を持たず広大な御殿と4基の三重櫓を持つ近世城郭では珍しい山城で、南は龍ノ口と呼ばれる断崖、北から東は広瀬川が蛇行しとても堅固な城でした。
2代忠宗の頃には二の丸を造営し居館もうつされました。
伊達家は1634年62万石に加増され明治維新まで存続しました。
大手門は肥後名護屋城の大手門を秀吉から拝領して移築したもので国宝に指定されていましだが戦災で消失し、現在、大手門隅櫓復元されており、二の丸の長塀・本丸の切石積みの高石垣と共に当時の面影を残していました。
また、本丸からの仙台の景色がとても綺麗でした。
今日は午前中乃地の
保育参観日でした。
そらはジワジワ寂しくなってきたようで、
泣いていました。。。
今日は体操教室で体育着を着てます♪
長田先生の指導の元、
柔軟体操・ブリッジ・倒立・馬跳びなどをしていました。
年少から始めたのですが、去年は体が硬くて体操教室が恐怖だった為
いつも大泣きだったのが・・・
今年は泣かないでしているので
長田先生も「何でだ???」と疑問の様子だったらしいです。
皆、ママ&パパが居た成果上手に出来ていたそうです。
その後は・・・
好きなところに
”ウサギ・丸・四角”の影絵を張って
好きなように何をしている所か?
の工作の時間でした。
そして小林先生のお話をきいて
終わりましたが、
年少の時はだいちは
ママが帰る時は大泣きだったのですが・・・
今日は「泣かないでちゃんとバイバイ出来るよ★」
の言葉どうりニコニコだいちで
バイバイ出来たのが
成長したところだと
つくづく思いました。
日々お兄ちゃんになってますね~♪♪
白石城は陸奥国(現宮城県白石市)にあり、もともと伊達氏に従属した白石氏の居城でしたが、秀吉の奥州仕置によって蒲生氏郷の支城になり北国への備えの城として大改修され、その後は上杉領となり配下の甘粕氏が入城しました。
関ヶ原合戦直前に正宗は、家康の意をうけて白石城を奪還し1602年重臣、片倉景綱が1万3千石で封ぜられ1国1城令の後も例外として片倉氏11代の居城として明治まで存続しました。
戊辰戦争では、奥州25藩と越後6藩がこの城に集まって合議をしました。(奥羽越列藩同盟)
現在城址には忠実に復元された三重櫓(三重三階の天守)があり、最上階の華頭窓・高欄・廻縁などの桃山風の望楼建築と野面積みの石垣が見所でした。
また、本丸北側の大手一の門と二の門も復元されており、塀によって、かぎ状に折れ曲がった枡形空間になっていてこちらも楽しめました。
安藤家住宅は、山梨県南アルプス市にあり、広い敷地は屋根塀が廻り、主屋・長屋門・南蔵・北蔵・文庫蔵・茶室や池泉式回遊庭園があります。
祖先は武田家の家臣で江戸時代は西南湖村の名主を務めた家柄で、敷地内には「安藤家の避雷針の松」と名のついた樹齢350年の黒松の巨木があり凄い存在感でした。
主屋は、棟札から1708年の建築で桁行22.7メートル梁間9.1メートルで茅葺き入母屋造、南面玄関は千鳥破風になっていました。間取りは、馬屋としても機能した土間・上端・板間・居間・中座敷・奥座敷・祈祷室(当主の部屋)・納戸で構成されており、江戸時代の豪農の生活を垣間見る数少ない資料として重文に指定されています。
長屋門脇には民具や農具が展示されておりこちらも楽しめました。
乃地とそらとママで普通電車で
お店まできました。2人共お気に入りの物を手に持ち・・・
乃地は??ポケモンの鞄の中は”ヒコザル・ポッチャマ・ワニノコ”などの指人形入り。。。
そして今マックのおもちゃ”ドラゴンボール”入り。
そらもHAPPYちゃんと一緒で楽しそうでしょ★★
お店に来たら・・・
開土君・総君・慧君が居ました!!
開君は帰ってしまいました・・・
寒い中子供達は元気に外で遊んでいました。
聡君も慧君も自由に遊んでましたッ★
夕方6時頃だいちが眠いと言い出し、眠ってしまい起きたらグズグズ・・・・↓↓↓
ほっぺが赤くてまだ眠そう・・・なのかと思い夜、布団に入っても
なかなか寝なくて、赤いから熱を測ったら38.2℃↑↑
ビックリ!!!!!!!!!!!!!
明日病院だわ・・・・・・
旧外川家住宅は、山梨県富士吉田市にあり、屋号を「塩屋」といい、富士山信仰を支えた御師の家で富士登山者に宿坊として提供されていました。
主屋は1768年の建築で桁行10.97メートル梁間7.31メートルで切妻・鉄板葺きで、式台玄関は寄棟造になっていました。間取りは、北側に納戸・板間、南側に玄関の間・中の間。前座敷と畳の間がとなっていました。
また、離座敷が江戸時代後期に増築され渡り廊下でつながっており、こちらは桁行11.82メートル梁間7.28メートルでやはり切妻・鉄板葺きでした。間取りは、広間・御神前・下段の間・上段の間とあり、御神前には神殿が設けられ、御師住宅の特徴を遺しており、県の文化財になっています。
入口には薬医門形式の中門がさながら鳥居の様に建ち、その脇には小川が手水舎の様にあり、神社の様な神聖な感じでした。
昨日小児科へ行ったら・・・
『溶連菌』
溶連菌とは・・・
細菌が喉に感染して、喉の痛み、熱、体や手足に湿疹などが出ます。
舌はイチゴのようになり、うつる病気です。
といっても、本人は至って元気一杯↑↑↑
体力も付いてきたのか、38℃の熱だが、良く食べるし、誰が病人???という感じ・・・
なので・・・
私ものんきに、だいちとクッキーを焼いてました。
溶連菌の厄介な所は、10~14日間薬を飲み続けないと、リウマチ熱や腎炎を起こすことがあることなのです!!だいちはいいが、ソラも怪しいので今日小児科へ連れてきますが、薬を嫌がりそうでヤダナ~・・・
やっと元気なだいちも登園許可が明日は下りるので、保育園にGO♪♪
だいちのクラスで溶連菌が流行っているんだって!!
とりあえず、先週の保育参観が終わってみんな安心したのかな~★★
ソラも1人で泣かないで保育園に行けてお姉ちゃんになりました。
k2(美容院)の帰りに寄ってくれた、ひなちゃんおねえちゃん
カッコよく決まってるこうた君
ひなちゃんはご機嫌でそらと”一口歌舞伎揚げ”を食べていましたが・・・
こうちゃんは、なんかいつもと違う様子。。。
ニコリともせずに、お菓子も要らなくて淡々と北斗の拳をしてました。
ご機嫌斜めの様子。
ひなちゃんはお店でかかっているスペースシャワーで”嵐”の曲に敏感!!
「あ~嵐だっーーーーー」
と言ってテレビにクギヅケ★★
大野君の大ファンなんだって♪♪
だいちと同級生のひなちゃんはやっぱりオ・ト・ナ
だいちはポケモン・ドラゴンボールには過敏だが・・・
そらが芸能人に反応する日が来るのがちょっと待ちどうしい、今日この頃・・・
どういうタイプかな~???????
今のところは「パパ」だが。
だいちは「パパとママとそら」
いつまで結婚したいと言ってくれるのかな~。。。
北原家住宅(七賢)は、北杜市白州町にあり、屋号を「大中屋」といい1750年創業の造り酒屋で銘酒「七賢」の銘で知られています。
江戸時代後期には、諏訪高島藩・伊那高遠藩の御用商人や台ヶ原宿の脇本陣なども勤めた豪商の町屋で、明治天皇巡幸の折には行在所として北原家西側の3室がつかわれました。
建物は1841年~1854年の建築で主屋・奥便所・文庫蔵・文化蔵の4棟が県の文化財に指定されています。
主屋は、桁行18.1メートル梁間18.7メートルで一部二階切妻造で当時は石置き板葺きでしたが現在は銅板葺きになっています。間取りは、大土間・玄関の間・次の間・中の間・奥座敷になっており中の間と奥座敷の間の七賢人の欄間(現屋号の元になった高遠藩主から拝領した欄間彫刻)や中庭・奥の庭の植栽が見所でした。
また、七賢にちなんだ7つのお酒の試飲を行っておりこちらも楽しめました。
今日はcharmからも歩いて5分程にある山梨高校の吹奏楽部メンバーです。
向って左の理恵子ちゃんと右から3番目の麻衣ちゃんが3年生なのですが、
今日は3年生の送別会の帰りに寄ってくれました♪♪
元気一杯の仲良し明るい吹奏楽メンバー達・・・
右からあいちゃん・めいちゃん・まいちゃん・あゆみちゃん・りいなちゃん・りえこちゃん。
いつも乃地&そらと遊んでくれます!!
なんせママの時代はポケモンはなかったが、高校生の
みんなはポケモン名前をメジャーな物ならオンタイムで
見ていたので、だいちは尊敬の眼差しでお姉ちゃん達と
名前当てをして楽しんでいました★★
毎年charmも定期演奏会を応援しています♪♪